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【2026/4/5】「キリストの復活」 ヨハネ20:1−18 イースターおめでとうございます。昨日は雨がたくさん降りましたが、今日はイエス様の復活をみんなでお祝いするのにふさわしい良いお天気ですね。 いてもたってもいられないとき、なかなか眠れなかったり、眠れたとしても、いつもより早く目が覚めてしまうものです。マグダラのマリアもそうでした。十字架にかけられて死なれたイエス様のお墓に行きたくてまだ暗いうちに家を出たのです。マタイ、マルコ、ルカでは、マグダラのマリアと婦人たちがイエス様のご遺体に防腐処置をするために墓に行ったと書かれていますが、ヨハネ福音書にはマグダラのマリアの名前だけが記され、なぜ彼女がお墓に行ったのかは書かれていません。
マリアは、声をかけたイエス様を園丁だと思って「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります」と言いました。このマリアの言葉から、イエス・キリストが復活されたことを、ユダヤ教側は、初期の古文書、文献資料において、園丁か誰かがご遺体を隠したということを流布していたのかもしれないと思われます。当時のローマ側の伝承、歴史資料にも、イエスの弟子たちが盗んだ、隠したとい記録が残されているそうです。それに対してヨハネ福音書は、マリアの「どこに置かれているのか、わたしにはわかりませんと」という正直に答えを皆に伝えていることになります。
イエス様を葬ったニコデモが、かつて密かにイエス様のところにやってきて「神の国に入るのにはどうしたらいいか」と尋ねたとき、イエス様は「はっきり言っておく。人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」と答えられました。それは、人は、新たに生まれなければ、信仰の領域のことはわからないということです。 |
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【2026/3/22】「人に仕えるために」 マルコ10:32-45 聖書を読んでいて、親しみを感じるのは、福音書に登場するイエス様に特別に選ばれた12人の弟子たちがごく普通の人間であるということではないでしょうか。イエス様といつも一緒にいた12弟子みんなが人格者で、どのようなことにもイエス様の弟子として神の御心にそって対処していく優等生ではないということです。聖書は弟子たちのありのままの姿を描き、そんな弟子たち一人ひとりの個性をイエス様が愛され、尊重し、その人を豊かに用いられているところに私たちは自分自身を重ね、イエス様に従って生きて行きたいと願う力が与えられるのではないかと思います。 |
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【2026/2/15】「神を呼ぶ」 ヨナ書1章1節−2章1節 ヨナ書は、私が大好きな聖書の物語の一つです。なぜ大好きかというと、神さまの深くて広い愛が描かれているからです。預言者ヨナは歴史的人物で、アミタイの子で、列王記下14:25にイスラエルの王ヤロブアム2世の預言者で王の助言者であったことが記されていますが、この物語は歴史的な記述というよりは、たとえ話、教訓的な物語と考えられています。 |
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【2026/2/1】「神秘としての知恵」 マルコ4:1-9、箴言2:1-9 「種蒔き」は、農業生活における重要な行事です。これによって私たちは生きるための糧をいただきます。そして何事も種蒔きをしなければ始まりません。いくら良い土地があっても、種を蒔かないでは芽が出てきません。種を蒔いて初めて芽が出て、成長するものだからです。パレスチナでは、秋の雨が降ってから後、11月中旬から1月初めにかけて種蒔きを行うようです。まず大麦の種が蒔かれ、それから小麦の種が蒔かれると聞いています。聖書の時代には農耕技術が発達しておらず、手で畑一面に蒔き散らし、そのあとで耕して種に土をかぶせたようです。ミレーの種蒔く人の絵は有名ですが、手を横に振り広げるようにして種を蒔いている様子が描かれていますように、あのような仕方で蒔かれたのでしょう。バークレーによりますと、手で蒔く以外にもロバの後ろに穴のあいた袋をつないで種を蒔いたりもしたようであります。 イエス様は、譬えを用いて人々に神の国の福音を語られましたが、今回は、皆がよく知っている「種を蒔く人」の譬えを語られました。 「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。」 種蒔きは豊かな実りを期待して良い実がなりますようにと祈りを込めてなされるものでありますが、しかし蒔いた種が必ずしも良い土地にだけ落ちるとは限りません。蒔いている間に、ある種は道端に落ちることもあります。当時は細長い畑で、境には人が通る道ができていましたので「道端」とはそのことであろうと思われます。道端は人が通るところですから当然人にふみつけられる可能性があります。イエス様はその踏みつけられた種を鳥が食べてしまったと言われました。「食べてしまった」とは食べ尽くす、という言語が用いられて、一粒も残されていないことを表しています。 「ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。」 石だらけで土の少ないところに落ちた種はすぐに芽を出しますが、日が照るとすぐ温度があがり、芽を出すが水分や養分を得られないので枯れてしまったといのです。 「ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。」 「茨の間」とは、茨はまだ生えていないけれども、その土の中に茨の種が混じっていたり、根がある状態のことを指しています。これは一見良い土地に見えるけれど、茨の成長は農作物種よりも早いので、茨が押しかぶってしまったというのです。 「また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」 私たちはここで、わかりにくくなってしまいます。これまでの内容は理解できます。良い土地に落ちた種が豊かに実を結ぶことも理解できます。しかし良い土地に落ちた種が、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍もの実を結ぶとなると私たちの理解を超えてしまうからです。そうなのです。神様の国における出来事は私たちの予想をはるかに超えるものなのです。 種を蒔く人が蒔いた種の成り行きは理解できるけれども、イエス様がこの譬えから何を私たちに伝えておられるのかがわからないのです。弟子たちにもわからなかった。ですから彼らはイエス様にたとえについて尋ねています。それでイエス様は、弟子たちに譬えの意味を教え、「あなたがたには神の国の秘密を悟ることが許されているが、他の人々にはたとえを用いて話すのだ」と言われました。弟子たちでさえわからなかったのですから群衆にわかるはずはなかったでしょう。 イエス様は「たとえ」を用いて天の国について語られるのですが、説明してもらわないと理解できないのです。他の人々には隠されているからです。 「たとえ」に当たるヘブライ語「マーシャール」には「謎」という意味もあるので「すべてがたとえで語られる」は、アラム語伝承の段階においては、「すべてが謎である」という意味であったかもしれない、と言われています。 しかし弟子たちには悟ることが許されているのだとイエス様は言われます。イエス様が説き明かしてくださるからです。このことを今日にあてはめて言えば、イエス様は聖霊の働きによって聖書の御言葉を説き明かしてくださっているということになります。11節からイエス様によるたとえの説明がなされるのですが、ここから種を蒔く人から土地によって種の育ち方に大きな差があることを中心に語られています。また世俗的な誘惑や迫害と戦って信仰を正しく育てるべきことが主張され、倫理的な理解が強くなっています。 種は御言葉であり、道端のものとは、御言葉を聞くが、信じて救われることのないように、後から悪魔が来て、その心から御言葉を奪い去る人たちである。 石地のものとは御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと身を引いてしまう人たちのことである。そして茨の中に落ちたのは御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟するまでに至らない人たちである。良い土地に落ちたのは、立派な善い心で御言葉を聞き、よく守り、忍耐して実を結ぶ人たちである、とこのように説明されています。天の国とはそのようなイエス様を通して働かれる神様の力であることを私たちはここから知ることができます。そして「種を蒔く人」とはイエスご自身と重なってくるのです。 譬えの説明を聞いていると、自分のことを言われているような気がする方もおられるのではないかと思いますが、誰にでもその時々によってあてはまる心の状況ではないかと思います。13節の「御言葉を喜んで受け入れる」や、「試練に遭うと身を引いてしまう」などの表現は、初代教会の経験や言葉を表していて、御言葉のために艱難や迫害が起こると離れていってしまった人たちがいたことを示しています。イエス様がこの譬えを語られた時にはキリスト教徒への迫害はまだ起こっていませんし、状況も違いますので、教会はそれをこのように独自の経験から寓喩的に解釈し始めたと考えられています。 マタイでは、これは本来「種を蒔く人」のたとえであって、それぞれの種の運命や種を受け入れた土地を問題にしているのではない。たとえのもとの意味は、農夫の蒔く種のすべてが結実するのではないこと、それにもかかわらず最後には豊かな収穫が約束されていること、したがって農夫はあきらめず農作業に励むことを述べているのであり、種を蒔く農夫が途中で失望しないように、この譬えが語られたのだとマタイの教会では解釈したのだと考えられてもいます。 マルコでは、この種を蒔く人の譬えの他に、4章26節以下に神の国のたとえとして成長する種のたとえが語られています。そこでは種自体に成長する力を持っていて、人が苦労して種を成長させるのではなく、知らぬ間に地が自ら実を結ばせる自然の成り行きを語っています。このことは、私たちのうちに働いて実を結ばせて下さるのは最初から最後まで神様のお働きであることを教えているのだと思います。そして、種を蒔く人がイエス様ご自身であられるなら、イエス様はどのような心の状態の者にも、等しく種を蒔き続けてくださっておられるということになります。 神様は、御言葉を通して私たちに知恵を与えてくださいます。それは私たちの思いを越えた神秘としての知恵であります。神秘としての知恵がわたしたちに働くように、わたしたち自身の心を良い土地になるよう耕されたいと願います。 神様はわたしたち人間が幸福になることができるよう、ご自身の知恵を与え続けてくださっています。教会を用いて人間を救いへと導く種を蒔き続けておられます。その種まきに召された私たちは、喜びをもって福音を宣べ伝えてまいりたいと願います。 |
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【2026/1/4】「我らの神」 ルカ2:41-52、ゼカリヤ8:1-8 主の2026年 新しく迎えたこの年も神さまの恵みの内を歩み行く祝された年でありますようお祈り申しあげます。 本日の聖書箇所ルカ福音書2章41節〜52節に記された物語は、少年イエスの「宮詣で」と呼ばれています。四福音書ではルカだけが少年時代のイエス様のことを記しています。 聖書にはイエス様がお生まれになられた時のことをマタイとルカが記し、その後は12歳の時のことがルカ福音書に短く記載されているだけです。イエス様が30歳になってからの公生涯のことが四福音書に記されていますが、イエス様がどのような幼少期を過ごされたのかは詳しくはわかりません。 さて、ルカ福音書にはイエス様の両親は過越祭には毎年エルサレムに巡礼にやって来たことが記されています。旧約律法では、過越、七週の祭り、仮庵の3回、成人男子が巡礼する定めでありました(申16:16)が、このころには遠隔の地の人は過越に一度だけ巡礼する習慣に変わっていたそうです。 ユダヤ人男子の成人式は13歳で、この年から律法のあらゆる義務を果たすことが求められます。それは「バル・ミツバ」(戒律の息子)と呼ばれます。女児は12歳で「バット・ミツバ」という同様の成人式を迎えるそうです。 タルムードには「5歳で宗教の勉強を始めるべし。10歳で伝承の研究に専念すべし。13歳でヤハウェの全律法を知り、その戒めを実行に移すべし。15歳で知識の完成が始まる」と記されていて、成人するその一年前から父親は息子に必要な準備教育を施すことになっていますので、イエス様が12歳になられたときに、過越祭の巡礼に参加し、エルサレムの学者たちと問答されたのは、そのためであったのでしょう。 イエス様の両親は、祭りの期間が終わって一緒に来た親戚や村の人々と共に帰路に着いたときに、イエス様が道連れの中にいるものと思い、1日分の道のりを行ってからイエス様の姿が見えないことに気づき、親類や知人の間を捜し回るのですが、そこにイエス様を見つけることができませんでした。それで捜しながらエルサレムに引き返すことになったのです。そして三日間一生懸命捜しましたが見つからず、最後に神殿に行ったら、やっと見つけることができました。その時、イエス様は学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられました。学者たちとイエス様の受け答えを聞いていた人は皆、イエス様の賢い受け答えに驚いていました。両親もそのイエス様を見て驚きました。しかしお母さんのマリアはたまりかねて「なぜこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」と叱りました。このマリアの言葉に、わたしたちはイエス様がヨセフとマリアの子どもとして普通に人間として生活されていたことを知るのです。 するとイエス様は両親に「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか存じなかったのですか」とお答えになったのです。 「父の家」は、ここでは神殿ですが、父の家と訳されている言葉は、わたしの父に関わること、という字で、自分は、神に関係のあるところにいるのが、当然ではないか、と言われたことになります。 エルサレムの学者たちはイエス様の賢さに驚きましたが、ルカはここで、少年イエスの驚くべき「知恵」とは、神との関係についての認識のことだ(箴言1:7)と私たちに告げているのです。イエス様がおられたのは、律法学者が律法を教える「ソロモンの回廊」であったのではないかと推測されていますが、イエス様の知恵は、母マリアが「父上も私も、心配」したと言ったのに対して、「私が必ず自分の父の家にいること」を主張したほどの明確な神の子の意識でした。これまで人間として神の恵みに包まれてたくましく育ってきましたが、イエス様は、神の子としての自覚をお持ちだったということになります。 過越祭直前に、父親は家族に過越物語を教えることになっています。だとすると、イエス様は、将来、自分が過越の子羊として罪人の贖いのために犠牲になるのだということを自覚し、神殿において礼拝し、学ばれ、父なる神と親しく交わっておられたのだと考えられます。 イエス様は少年の頃から、罪人と共に生きられ、その罪を贖う道を神の言葉に生きる人としての歩みをすでに始めておられたのです。そして両親と共にナザレの家に戻り、両親に仕えて過ごされました。イエス様が30歳頃に神の子としての活動を始められると、もう父ヨセフの名は聖書に出てこないこと、ナザレの村人にはイエス様ご自身が大工として知られていることから、イエス様は父亡きあとの家計を支え、弟が肩代わりできるようになるまで待ち続けられたことになります。 「主はすべての点で、兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです」(ヘブル2:17) イエス様は、神の子でありつつ私たちと同じ人間となられましたので、私たちの悩みや苦しみを実際によくご存じです。私たち人間の弱さ、悩み、苦しみを同じ人間として理解し、私たちと同じ弱い人間になられ、私たちと同じような試練にあわれたので、イエス様は私たちの弱さを思いやることがおできになるのです。神の子イエス様が私たちと同じ人間になられた、このことこそが、イエス様が私たちの救い主であられることを証ししています。 イエス様は、神さまの御言葉を通して私たちと共に語り合ってくださり、私たちを父なる神のみもとに導いてくださるお方です。我らの神、主イエスはそのようなお方なのです。 私たちは神様によって生かされていますが、その生きる力は時に弱くなることがあります。そのような時、イエス様が共におられ、神さまから与えられているたくさんの御恵みを数えることによって、感謝の心が呼び覚まされ、力づけられます。マイナス面ばかりに目を注ぐのではなく、希望の光に照らされて、恵みを数えて生きる生き方へと変えられるのです。その時、我らの神のすばらしさに、賛美が自然にこみ上げてくるでしょう。 イエス様は、私たちが神さまと共に生きる、本来の人間として生きることができるために、ご自身を「命のパン」「命の水」として与え続けてくださっています。新しく迎えたこの年も、イエス様の糧に養われ、神さまの豊かな祝福とその御愛に包まれて光の中を歩みたいと願います。 |
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【2025/12/24】聖夜礼拝 聖夜礼拝は、旧約聖書で預言されたことがイエス様のお誕生によって実現したことを聖書朗読と賛美を通して表され、私たちは救い主がお生まれになったときのことを思いめぐらす恵みの時です。 イエス様は、マリアがヨセフと婚約していたときに、聖霊によってみごもり、ダビデの家系であるヨセフとマリアの第一子としてお生まれになりました。 マリアの許嫁のヨセフは天使から「生まれてくる男の子のを「イエス」と名付けなさい」と主のお言葉を告げられ、それを守りました。「イエス」という名前は、当時はごくありふれた名前です。旧約聖書にモーセの後継者としてヨシュアが登場しますが、ヨシュアはヘブライ語で「主は救い」という意味があり、ヨシュアをギリシア語にするとイエスとなります。イエス様は「インマヌエル」と呼ばれると天使から告げられましたが、「インマヌエル」とはヘブライ語「神はわれらと共に」のギリシア語への書き換えです。イエス様は信じる者といつも共にいてくださるからです ルカによる福音書によりますと、救い主が生まれたことを、神様から最初に告げられるという祝福にあずかったのは羊飼いたちでした。当時、羊飼いは、人々から軽蔑され、社会的権利を与えられていない人たちでした。羊の世話をするために安息日を守れないからです。羊飼いたちはその職業によって罪人にされていて、法廷に証人として立つ資格を与えられなかったほど、信用されていない人々とみなされていたのです。 羊飼いたちは、大切なかわいい羊たちを守る仕事が大好きだったと思いますが、人々からの冷たい視線には心が大変傷ついていたと思います。それでも彼らは神さまを信じ、救い主の到来を待ち望んでいたのです。神さまはその羊飼いたちの心に応えてくださいました。彼らに「あなたがたのために救い主がお生まれになった」と天使が誰よりも救い主の誕生を最初に知らせたのです。そしてメシア「救い主」のしるしは飼い葉桶に眠っている赤ちゃんであると告げました。当時のローマ世界における支配者は「救い主」とされていましたので、飼い葉桶に眠る赤ちゃんと権力を持った支配者とはあまりにも対照的な姿です。しかし天使は、この赤ちゃんイエス様こそが真の救い主であることを宣言したのです。そしてその救い主のしるしは飼い葉桶に眠っているということ、それが救い主の証拠だというのです。不思議なしるしです。 イエス様が家畜小屋でお生まれになったのは、ベツレヘムに旅をしてやってきたヨセフとマリアに、泊まる宿屋がなかったからです。マリアのお腹の子が生まれそうになったのでヨセフは一生懸命宿屋を捜しましたが、どこも満室で泊まることができなかったからです。家畜小屋でお生まれになったイエス様はベッドの代わりに飼い葉桶に寝かされました。そしてそれが救い主のしるしでありました。神さまは、天使を通してその赤ちゃんこそが真の救い主であると宣言されたのです。神さまのなさることは本当に不思議です。 羊飼いたちは、主の御使いの知らせを聞いて、ベツレヘムへ向かい、救い主を捜し当てました。そして天使から知らされたことが本当だったので、そのことをみんなに話しました。羊飼いたちの話を聞いた人々はみな、ひどく驚きましたが、でも、飼い葉桶の赤ちゃんが本当に救い主であると信じたわけではなかったと思います。でも羊飼いたちはそこで見聞きしたことが天使たちの告げた通りであったので神さまをほめたたえつつ帰っていきました。貧しく生まれた、力のない赤ちゃんを救い主のしるしとして信じること、ここに不思議なしるしの意義があるのだと思います。神さまのなさることは不思議で、私たちの思いを超えてご自身のご計画をすすめられるのです。 神さま自らが、高いところから低い所へと降りてきて下さった、それも最も貧しく弱い赤ちゃんとしてわたしたちのところに来てくださったのです。 神さま自らが、高いところから低い所へと降りてきて下さって、わたしたちを訪れてくださった。それも家畜小屋で貧しくお生まれになった。それがクリスマスの出来事でした。イエス様がどのような状態でお生まれ下さったか、またどのような生涯を過ごされたかを思い起こす時、私たちは、自身の心を謙遜にされ、イエス様が指し示してくださっている光の中へと導かれます。 大人になられたイエス様は神様のもとを離れて飼い主のいない羊のようにさまよう人々を憐れみ、多くの人々を神さまのもとに立ち返らせました。イエス様は、神さまが天におられる私たちのお父さんであり、神さまのもとを離れていきる私たちに、慈しみ深い優しいまなざしを注ぎ続けてくださって、ご自身に立ち返ることを忍耐強く待っていてくださるお方であることを教えてくださいました。 |
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【2025/12/21】クリスマス礼拝 第4アドヴェント主日,クリスマス礼拝を迎えました。クリスマスの恵みを感謝いたします。 本日の聖書には、マリアの婚約者でイエス様の人間の父親になるヨセフに天使のお告げが記されています。ヨセフが聖書に登場するのは少なく、イエス様が成人されてからは出てこないことから、イエス様が神の国の宣教を開始された時には、すでに亡くなっていると考えられています。お母さんのマリアは、カナの結婚式や、イエス様の兄弟とイエス様の所にやってきたこともありますし、ヨハネ福音書にはイエス様が十字架につけられた時に近くにいたことが記されています。このように、ヨセフは影が薄いのですが、このヨセフの信仰によって、マリアとイエス様の命が守られたのですから、神さまの救いのご計画の中でとても重要な役目を担っていたことになります。 ヨセフは、神さまを信じる正しい人であったと聖書は記しています。「正しい人」とは、神さまを愛し、神さまの教えを守り、隣人を愛する人のことです。ヨセフはマリアが身ごもったことを聞くと、表沙汰にせず、ひっそりと離縁しようと考えていました。このことからヨセフは人格者であったことがわかります。表沙汰にしてマリアが姦淫の罪でみんなから石打ちの刑に処せられ、彼女と彼女のお腹の中の赤ちゃんが死んでしまうことを望まなかったからです。しかし天使のお告げによりヨセフはマリアの胎の子は聖霊の力によって身ごもったことを知りました。おそらくマリアからも聞いていたと思いますが、その時は信じられず、ヨセフ自身も大変な苦悩の中に置かれていたと推察できます。天使のお告げによりヨセフはマリアから聞いたことは真実であったと確信し、彼女と結婚し、イエス様がお生まれになるまでマリアと関係することはありませんでした。 天使はマリアとヨセフに生まれてくる男の子に「イエスと名付けなさい」と告げています。イエスとはヘブライ語ではヨシュア、「主は救い」という意味の名です。天使は続けてヨセフになぜ生まれてくる子の名がイエスであるのか説明しています。それは「自分の民を罪から救うからである」と。そして、このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたこと、すなわち預言者イザヤが「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」と預言したことが実現するためであったと告げています。 預言者イザヤは、ユダ王国が新バビロニアに滅ぼされバビロンに捕囚として連行された民に、神が救済者を起こし、解放してくださることを預言しました。その預言は実現し、ペルシアの王キュロスが新バビロニアを破り、捕囚の民を解放しました。そして、マタイ福音書は、このイザヤ書の預言を引用し、預言者イザヤを通して預言された救世主はこのイエス様のことであったのだと証しているのです。 神さまは、神の子イエス様の人間の父親としてダビデの家系であるヨセフを選ばれました。ヨセフは大工を生業とする普通の人でありました。そして母親にはごく普通の人マリアを選ばれました。マリアは自分でも身分の低い者と言っています。しかし二人は神さまに従う信仰の人でありました。神さまにのみ信頼していた人たちでした。神さまにすべてを委ね、与えられた人生を誠実に歩んだ人たちでした。このことは、「主の救い」は、ごく普通の日常の生活を通して現されるのだということが示されているようにも思います。 天使は生まれてくる子どもに、もう一つの名を告げています。「その名はインマヌエルと呼ばれる」ということです。 そしてこの名は、「神は我々と共におられる」という意味であると説明しています。主の救いは、罪からの救いです。罪からの救いとは、すなわち、主が共におられるということです。罪の支配から神のご支配のもとに救い出された者は、神がいつも共におられるのです。神さまが共におられることを知っている人は、本当に幸いな人です。これこそが「救い」なのです。 今から24年前、私が小石川白山教会の伝道師をしていたとき、教会の会報にある体験を書いたことがあります。それを読んだご婦人から「この話はとても良いから、何回でもするといい。何回してもいい話だ」とお墨付きをいただいたことがあります。そのお話を皆さまにもさせていただきたいと思います。 今から30年以上前のことです。当時、私は、昼間は働きながら週3日夜学の神学校に聴講生として通っておりました。仕事終わりの帰り道、駅前の交差点の手前の細い路地に夕方5時頃になるといつも焼き鳥の屋台が立っていました。仕事帰りの人々がその屋台を囲んで、お酒を飲みながら焼き鳥を美味しそうに食べていました。私はいつも横目でその光景を見てうらやましく思いながら通り過ぎていたのですが、ある日、いつものようにその屋台を通り過ぎようとしたとき、私の名前を呼ぶ声が聞こえました。声の方を向くと、なんと知人がその焼き鳥の屋台にいるではありませんか。私は幸運にも、その時、やっと美味しいと評判の焼き鳥を食べることができました。 焼き鳥とお酒をいただきながら、屋台のおじさんと話をしていて、おじさんには娘さんがいることがわかりました。おじさんは「娘は俺と違って出来が良くってよ、今度、医者と結婚するんだ」とうれしそうに話してくれました。私は自分はクリスチャンであることを言うと、おじさんが「家内は別の宗教を信じているけれど、自分はキリスト教の方が好きだ。讃美歌『いつくしみ深き』が好きだ」と言ってくれました。翌日、私は友人の結婚式でいただいた讃美歌『いつくしみ深き』をおじさんに差し上げようと思い、屋台を組み立てていたおじさんに、「これ、どうぞ」と差し出しましたら、おじさんは受け取らず、少し間をおいて「要らないんだ」と言いました。不思議に思っている私に「全部、覚えているんだ。16歳で少年院に入ったとき、その讃美歌が流れていたんだ」と教えてくれたのです。 私は、おじさんのその言葉を聞いたとき、身体に電気が走ったような衝撃を受けました。私は保守的な教派の教会で育ったので、信仰を告白し洗礼を受けていない人は救われていないと考えていたのです。おじさんはその時56歳でした。16歳で聞いた讃美歌「いつくしみ深き」の1番から3番まで全部覚えているということは、その讃美歌をいつも歌っていたということになります。「いつくしみ深き友なるイエスは」と40年間歌い続けていたということです。それは、イエス様が40年間おじさんと共にいてくださったということです。 それから三ヶ月くらい過ぎてからいつもの場所に屋台を見かけなくなり、おじさんが病気で亡くなられたことを人づてに聞きました。おじさんの人生は大変な人生だったと思います。でも、主がその人生の歩みを共に歩み、守り導いてくださっておられたのです。 クリスマスは、すべての人に祝福を与えてくださるために神さまがイエス様を私たちの住む世界にお贈りくださった記念の日です。すべての人の上にクリスマスの御恵みが豊かにありますよう祈ります。 |
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【2025/11/30】アドヴェント第1主日礼拝 本日はアドヴェント第1礼拝です。アドヴェントとは「到来」を意味するラテン語Adventus(=アドベントゥス)から来たもので、「キリストの到来」のことです。キリストは旧約聖書のメシア(油注がれた者)のギリシア語クリストゥスと言い、救い主を表す呼び名です。 今日、最初のローソクに火が灯されました。アドヴェント第1礼拝からクリスマスまで1本ずつローソクに火が灯され、4本のローソクに火が灯されますとクリスマスを迎えます。ローソクは私たち人間の世界へ来てくださった神の子イエス様のお誕生を待ち望むしるしとして、また再びイエス様が来られる日を待ち望む期間を象徴しています。このアドヴェントの期間、神さまが与えてくださった希望の光の中で、自分自身を見つめ直し、悔い改め、救い主の到来によってもたらされた喜びをクリスマスに追体験する恵みに与りたいと願います。 このアドヴェントは5世紀後半にまで遡ることができますが、蝋燭を灯すのは19世紀になってドイツに始まる習慣です。私が以前いた教区のある教会では毎年、本物の大きなモミの木が礼拝堂に設置され、枝には赤いリンゴが飾られています。モミの木は、毎年、地方の山林から伐採して運んでもらうのだそうです。 クリスマス・ツリーを飾る習慣は、中世ドイツでは、もともと生命力を感じさせる木の枝や若木でクリスマスを祝う習慣があったこと、そしてイヴに教会の前でキリスト降誕祭の序幕として、旧約聖書に記された楽園におけるアダムとエヴァの罪に墜ちた物語を演じる劇が行われていたことがその起源だったと言われています。人類の祖となるアダムとエヴァは蛇にそそのかされて神様の戒めを破り、禁じられていた楽園に生えていた善悪の知識の木の実を食べてしまったという話ですが、このアダムとエヴァの堕罪物語を演じる舞台で、禁断の実であったリンゴを飾るための木として、冬には葉が落ちてしまう広葉樹のリンゴの木に代わって常緑樹のモミの木がポピュラーになったのだそうです。もみの木の生命力はイエス様の救済による新しい永遠の命と象徴的に結びつき、与えられる命の象徴として、聖餐式に用いられるパンがぶら下げられることもありました。もみの木の緑とリンゴの赤とが鮮やかなコントラストによる装飾は、イエス様による救いを私たちに思い起こさせ、救い主の誕生を喜び、待ち望む楽しみをより大きく表しています。この舞台の木が一般家庭にまで浸透したのです。 さて、本日の新約聖書マルコの13:1-37は「小黙示録」とも呼ばれています。 4節で弟子たちがイエス様に神殿の崩壊を予告された後、終末についての質問をします。「そのことはいつ起こるのか」そして「それらのことが総て実現するときにはどんな徴があるのですか」と。5-25節はその2つ目の質問に対する答え、そして32-33節が1つ目の質問に対する答えとなっています。 パレスチナでは紀元66年に第一次ユダヤ戦争が始まりました。これはローマ帝国支配下のパレスチナでユダヤ人がローマ帝国に対して起こした大規模な反乱ですが、それに関連するキリスト者の迫害、ユダヤからの逃亡、そしてかつてないほどの患難を教会は経験しました。この福音書が書かれた当時も苦難の中にありました。ですから、この苦難には必ずや終わりがある、この苦難をもたらす悪の力は人の子によって必ずや敗北させられ滅ばされる、そういうのです。 待望された終末の到来は人間的悪の力の滅亡のみならず、「天と地が過ぎ去る」(31節a)と言われていて、新しい天と新しい地に取って代わられると考えられています。しかし、イエス様の言葉は決して滅びず、いつまでも残り、イエス様が現在の悪しき世と来るべき世をつなぐ架橋となられるお方なのだと告げています。主の言葉は創造的な力も持っているからです。 30-31節は終末にはイエス様が到来するという期待も含んで、これら総てのことはこれを語っているイエス様の世代のうちに過ぎ去るのだ、というのです。マルコにとっては、時計の針は刻々と終わりに向かう時を刻んでいたと思います。ただし、32節は続けます、その時は誰も知らない、子さえも知らない、と。 33-37節が記すのは、いつ起こるわからない終わりの時に備えての絶えざる警戒と備えの呼びかけです。時が知られていないなら、誰からもその到来の警告を期待することはできません。偽メシア・偽預言者の宣伝に迷わされてはならないのです。しかし他方で、いつ来るかわからないからとなにもせず怠惰な生活を送ることも戒められ、気をつけて目を覚ましていなさいというのです。(33節)。 そのことが主人とその僕に関する譬で語られています。主人が家を後にして旅に出る。しかし彼は必ず帰還してドアを叩く。その時、僕は目を覚ましていてそのドアを開けることができるかどうかが問われているのですが、主人は「僕達に仕事を割り当てて責任を持たせて旅立った」と記し、僕は主人がいつ戻ってくるかは知らないが、それまで彼らに託された責務があることを知っている、と語られています。 この譬えは、イエス様がこの世で不在である間も、キリストの弟子となった一人ひとりには果たすべき任務が与えられており、それを忠実に行う責任があること、そしてイエス様が再び来られる時には、その責任が問われる、そう言われています。この譬の気風と精神は、初期教会の気風であり精神です。主がいつ帰って来られるか、私達には分からない、だからこそ、信仰ある者は目を覚ましていなければならない、そしてイエス様に与えられた任務に忠実に励むことに心がけねばならない、その責任は主が再び来られたときには必ずや問われるのだから、と警告しているのです。 本日の旧約聖書はイザヤ書51章4節〜11節が朗読されました。51章1節からの預言は、ヤハウェに忠実であり続けながら、にもかかわらず落胆してしまっている捕囚人たちの中にいる者たちに向かって語られています。彼らは自分たちの数が少ないことを気にかけ、たとえ自分たちが故郷に帰ることができるとしても祖国を再興できないのではないかと恐れている者たちに、主はアブラハムへの約束を実現されたことを思い起こさせ、御自分の言葉を取り消すことはなくエルサレムを主の園とされることを告げられたのです。 そして「わたしの民よ、心してわたしに聞け。・・教えはわたしのもとから出る」「わたしの裁きをすべての人の光として輝かす」。天地が滅び、人が死に果てても「わたしの救いはとこしえに続き わたしの恵みの業が絶えることはない」と言われました。だから9節で「奮い立て、奮い立て」と言われます。これは「目覚めよ、目覚めよ」と訳される言葉です。 わたしたちが生きていく上で大切なことは、主の正しさを知り、主の教えを心に置くことです。それによって、わたしたちは、人に嘲られることがあったとしても恐れることなく、ののしられてもおののく必要がないことを悟ることができるのです。 わたしたちが生きる社会では、嘆きと悲しみがありますが、主のみもとで私たちは慰めを受け、とこしえの喜びをいただくのです。主のもとでは、もはや死ぬことも滅びることもなく、パンの欠けることもないのです。 自分に与えられた人生を神さまと共に歩み、すべてのものは神様によって命を与えられ、生かされているということ、そして神様に守られているということを知ることによって、きっと良い生き方が示されると思います。 イエス様は弟子たちに、終わりの日にご自分が再び来られる時まで「目を覚ましていなさい」と言われました。それは、現代に生きる私たちにも語られている御言葉です。田川健三氏は「目を覚ましていなさいとは、この社会において、自分のなすべき責任をしっかり果たして生きよ、との呼びかけである」と解釈されています。 今日の朝、出かける前にNHKで舞踏家の田中泯さんと対談しているのを見ました。田中さんは坂本龍一さんとお仕事を共にされ、親しくされていたそうですが、 このようにおっしゃっていました。「私は坂本龍一さんの一部分しかしらない。私自身の中で、今は1頁しか語れない坂本さんの頁数をこれから増やしていきたい」とおっしゃっていました。いい言葉だと思いました。 その言葉をお借りするならば、私たちもイエス様のことを知るページ数を生涯をかけて増やしていくのだ、自分とイエス様との関わりのページ数を増やしていきたい、そう思います。 |
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【2025/11/2】「信仰によって語る」 創世記4:1−10、 今日、朗読していただいた旧約聖書には、カインとアベルのことが書かれています。カインとアベルは、神さまが天地創造をされた時に最初に造られた人間アダムとエバの息子たちです。兄がカイン、弟はアベルと名付けられました。 「カイン」という名は、ヘブル語のカーナー「得る、造り出す」という動詞に由来していて、その名前は神様への讃美として与えられたものです。アダムが神様との約束を破ったために二人はエデンの園から追放され、自分たちで農地を耕し、家畜を飼い、食物を得なくてはならなくなりましたが、それでもなお神さまから深い慈しみと恵みを受けていたことが、生まれてきた第一子に、造り出す喜びの意味を込めた名がつけられたことからわかります。 「アベル」という名前はヘブル語のハヴェルで、一般的に「仲間、友、同伴者」という意味があります。また「空気、無」という意味もあり、空しいもの、一時的なものを比喩的に表現しています。弟のアベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となりました。 ある日、カインとアベルはそれぞれに初物を携えて主の前にやって来ました。カインは主に土の実りを献げ、アベルは主に羊の群の中から肥えた初子を献げました。二人の献げもののうち「主はアベルとその献げ物に目を留められ」ました。それは、アベルの生業がこの年、豊に恵まれたということの表現でありますが、アベルが肥えた初子の羊を献げたことから、彼が最上の羊を主に献げたことがわかります。神さまはアベルの信仰心、御自分への感謝の心を祝福されたのです。 しかし「カインとその献げ物には目を留められなかった」とあります。それは、カインの方は作物の収穫が不調だったということですが、主がその献げ物に目を留められなかったのは、彼の心が正しくなかったからです。「カインは激しく怒って顔を伏せ」ました。カインは、アベルの献げ物に見られる豊かな実りを嫉んで不満と憤怒を表したのです。 主はカインに「どうして怒るのか、どうして顔を伏せるのか」問いかけられ、 「もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」と言われました。神さまはカインに対して正しい思いを持つようにと呼びかけてくださったのです。彼はこのとき、悔い改める機会を与えられたにもかかわらず、悔い改めず、弟アベルに声をかけ、野原に行き、弟を襲って殺してしまったのです。創世記の初めに兄弟間の殺人事件が記されていることに私たちは衝撃を受けます。 主はカインにアベルの所在を尋ねますが、カインは知らないと嘘をつき、逆になぜ知らなければならないのかと答え、「わたしは弟の番人でしょうか。」と返答しました。「番人」とは「守り手」のことで、羊を守る弟の守り手であるのですか、と聞いたのです。主は何もかもご存じですが、カインに向かって弟の血が土の中からわたしに向って叫んでいる、と言われました。血には命が宿っており、それは神に所属するとの観念がこの背景にあります(レビ17:11)。主はカインの罪を指摘され、カインは呪われる者となったことが宣告されます。アベルの血を飲み込んだ土地が、カインを拒み、カインが耕作しても実りをもたらさないということです。創世記3:17ではアダムのゆえに土地が呪われることとなったことが記されていますが、ここでカインもまた主から宣告を受けるのです。 カインは今いる土地から追放されることの恐怖におののき、自分の犯した罪の重さを実感するのでした。彼は「御顔から隠され」ることが、いかに悲惨なことであるかを悟り、神の守りがなければ人からも殺されることになることを実感しました。彼は神に自分の正直な恐怖心と絶望感を告げました。主はカインの嘆願を聴き容れ、カインの生命の保護を約束されました。主はなんと慈しみ深い御方なのでしょうか。主は、カインを殺す者は「七倍の復讐」を受けると言われました。それは徹底した復讐を意味します。このように主はカインの命を保証され、そのための「しるし」をつけてくださったのです。やがてカインにも息子が生まれ、カインは町を建て、息子の名前をその町につけています。もし、カインが、自身の献げ物が主の目に留まらなかった時に悔い改めていれば、弟を殺すことはなかったでしょう。神さまから心が離れてしまった人間の罪の悲惨さ、重さを創世記の初めから教えられます。 信仰は希望を生み出します。信仰によって生み出される希望は忍耐を促し、忍耐することを可能にしてくれます。だから、初期キリスト教の中では「忍耐する」という言葉が「希望する」という言葉と同じ意味で使われるような箇所が出てきます。信仰者が、私たちの未来には天において、神さまが約束してくださった大いなる祝福、ねぎらい、報い、幸いが待っているという希望を持つとき、その希望に支えられて、苦しみや困難を生きる力が与えられます。 ヘブライ人への手紙はこのような「確信」と「約束」と「忍耐」の密接な結びつきを示唆し、11:1で「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」と、信仰の定義を述べています。 そしてヘブライ人への手紙12章1-2節には競技者と競技場の譬えが述べられ、オリンピック・スタディアムの観覧席で多くの人が選手の活躍を見守っているように、過去の信仰者たちが、現在の信仰者たちの歩みを競技場で応援してくれているのだといっています。だから、私たちは自分に与えられているキリスト者としての道を信仰の創始者であり完成者であるイエス・キリストを見つめながら苦しみに耐えて最後まで走り抜くようにと励ましています。 旧約聖書に登場する信仰の先達は、その信仰のゆえに神に認められながらも、約束されたものを手に入れることはできませんでしたが、救い主の到来と救いが完成されることを待ち望みつつその信仰の生涯を終えました。そして今や、イエス・キリストの救いの成就により救いに与っていることが示されています。 イエス・キリストによる救いの完成が成し遂げられた現代に生きる私たちは、将来の神の国の完成を待ち望みつつ一人ひとりに与えられた信仰の道を走っている状態です。それは時には苦しく、空しく、疲れて立ち止まってしまうこともあるでしょう。しかし、私たちが疲れてどんなに立ち止まる時間が長く、休んでいても、ゆっくりでも、主は共にいてくださり、私たちが受けた傷を癒し、憩いの汀にともない魂を生き返らせてくださる御方です。 今朝、私たちは大塚平安教会の先に召された信仰の先達を偲びつつ礼拝を守っております。お一人お一人のお写真を拝見しながら、各人の在りし日のお姿やお語りになっていたことなどを思い出されたことと存じます。そしてイエス様を信じて先に召された兄弟姉妹の方々の生涯もまたイエス様に励まされ、力づけられ、この世の旅路を最後まで歩まれたことを思い起こされたのではないでしょうか。 信仰者は、召されてもなお信仰によって語っておられます。地上に生きる私たちの信仰の歩みを応援してくださっているのです。 |
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【2025/10/19】「十人の乙女」 マタイ25:1−13、 「迷い出た羊のたとえ」は、マタイ福音書とルカ福音書15章3−7節にも記されています。ルカ福音書(新共同訳聖書)では「迷い出た羊」ではなく「見失った羊」と訳されています。ルカはイエス様が失われた者を探して救うために私たちの住む世界に来られたことを告げ、一人の罪人が悔い改めることについて天では大きな喜びがあることを「見失った羊」、「無くした銀貨」、「放蕩息子」の3つのたとえをセットにして伝えていますが、ルカ福音書は、こられの譬えが語られた背景を次のように記しています。 「徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、『この人は罪人たちを迎えて食事まで一緒にしている』と不平を言い出した。そこでイエスは次のたとえを話された」。 徴税人や罪人たちは、ユダヤ人から忌み嫌われ、交際を断たれていた人々です。ファリサイ派とは、ユダヤ教徒で律法をかたくなに守る人たちです。この人たちは、自分たちを「神の民」と呼び、彼らを「地の民」と呼んで区別していたそうです。イエス様は、このようなファリサイ派の人々や律法学者たちに、この「迷い出た羊」の譬えを語られたのです。 ユダヤ人は新約聖書の時代、遊牧民として生きていました。貧しい生活を強いられていたユダヤ人にとって、羊は自分の命のように大切であり、彼らの生活を支える貴重なものでした。羊飼いは一匹一匹に名前をつけ、その名を呼んで囲いの外に出し、また内に入れていたそうです。安息日規定において、多くの行動が禁じられ、病人を癒やすことも禁じられていたのに、井戸に落ちた羊を助け出すことが許されていたことは、ユダヤ人にとって羊や家畜がいかに大切であったかを示しています。 自分の羊がいなくなったということは、大変なことでしたので、捜しに行くのは当たり前です。しかし、同時に残された99匹の羊もきわめて大切なものでありました。にもかかわらず、イエス様はあえて「99匹を野原に残して、見失った一匹を見つけるまで捜し回らないだろうか」と言われたのです。ここに、失われた一匹の羊が、かけがえのない大切な存在なのだという神さまの深い愛が語られています。ここに集う私たちも、もとは失われた羊の一匹一匹たちです。イエス様が捜し求めてくださったので今、ここにいるのです。 この迷い出た羊のたとえは、エゼキエル34章1−16節が密接に類似しています。エゼキエル書では、自分だけを養い、それゆえ羊の群れは山で迷っているのに、だれも捜し求めることをしなかったイスラエルの悪しき羊飼いについて語られています。それらの羊飼いに対して、神さまはご自分が、道に迷った羊を捜し求め、彼らをイスラエルの山々で牧させる、イスラエルの羊飼いとなることを約束されています。福音書におけるイエス様のお働きには、神さまが旧約聖書で預言された良い羊飼いとして、見失われた一匹の羊を捜し求めておられるお姿を重ねることができます。 マタイとルカに共通するのは、99匹に対するよりも、一匹の羊に対する大きな喜びの言及ですが、ルカはより詳細に、どのようにして羊飼いが羊を見つけ、自分の肩に担いで家に帰り着き、友人や隣人を呼び集めて、一緒に喜んでくれるよう勧めたかを描いています。 他方、マタイ福音書は18章10節に「これらの小さい者を一人でも軽んじないように気をつけなさい」という言葉で始まった後に「迷い出た羊のたとえ」が語られており、マタイの強調点は、羊飼いの喜びよりも、羊飼いが迷い出た羊を捜し求める姿がイエス様を信じる共同体のあるべき姿、模範として置いているところにあります。マタイは教会員の振る舞いは羊飼いの振る舞いを模範とするべきである、と教えていることになります。 10節で「これらの小さなものを一人でも軽んじないように」と言われているところの「軽んじる」と訳されている動詞は「配慮の対象としない」というニュアンスや「軽蔑する」を意味しており、マタイ福音書を読む人々が、小さな者たちを軽蔑する可能性のある者たちとして語りかけられています。 「小さな者たち」とは、軽蔑された者たち、無名の者たち、無教養の者たち、霊において不動でない者たち、洗礼を受けて間もない者たち、と考えられていますが、その「小さな者たち」である彼らに、彼らの天使たちが神の顔を見ているとの約束が告げられています。「彼らの天使たち」とは守護天使のことで、当時、人間が生活に同伴してくれる守護天使を持っている、という思想が広く普及していたそうで、守護天使は人間を守るのみならず、人間の自由意志を制限することなく、霊的展開や認識能力をも促進したそうです。 このように「小さな者たち」を軽蔑することのないようにと言った後に、マタイは迷い出た羊のたとえを付け加えたのです。 そして迷い出た羊のたとえの後に「兄弟の忠告」が続きます。一般に15−18節は、教会からの追放、破門を問題としていると解釈されていますが、ギャロという神学者は、そうではなく、見失われた者たちへの再獲得について述べているのである、と言っています。追放ではなく、兄弟間的な和解について述べているのだという解釈です。 もし罪人が罪を犯した当の相手に赦しを願うのであれば、彼はそれをまず、二人だけの間で行うべきであり、その後に、もし、赦しを得られない場合に、証人とそれを行うべきである。二人だけでの対話が好い結果に達しなかったときのみ、証人を交えての対話が次ぎに進むべき処置となるのです。証人は対話の証人であります。証人の特に重要な課題は、悪行をする者に対してそのような行為をしないよう警告し、そうして彼の判決をできるだけ重くすることにあります。しかし、それは罪人を後悔と告解に導くことを目的としています。 ヨハネ福音書20章23にも「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」とあります。 迷い出た兄弟を捜し求めること、彼を「獲得する」試み、それに彼との関係を断つ、「結ぶこと」と「解くこと」はすべて、教会において祈りに導かれてなされるべきものですが、その力は神から与えられています。教会は罪を犯した兄弟姉妹がその罪を悔い改め、再び神さまのもとに立ち返ることを祈り続けることが求められています。 マタイは、この「迷い出た羊」のたとえ、「兄弟の忠告」を通して、教会共同体における奉仕において一人ひとりが「小さなものとなる」こと、共同体から見失われたものを捜し求めること、「解くこと」また「赦すこと」が「結ぶこと」と「追放すること」に優先することを教えています。 |
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