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わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの内にあるものはこぞって聖なる御名をたたえよ。

(詩編103編1節)

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説教要旨

これまでの礼拝説教を掲載しています

 

【2026/5/24】 「聖霊の働き」  使徒2:1−11
                         小河由美子  

本日はペンテコステ礼拝です。
 
ペンテコステは、イエス様が父から約束されたものが送られるまで、エルサレムを離れず待っていなさいと言われていた、その約束された聖霊が降った日です。その時のことが本日の聖書箇所である使徒言行録2:1-11に記されています。 21節に「五旬祭の日が来て」とありますが、五旬祭とは、ユダヤ教の三大祭りの一つで七週祭のことであります。ユダヤ教の三大祭は他に、過越祭と仮庵祭がありますが、五旬祭は過越祭の安息日の翌日から七週を数えた翌日の50日目に行われます。その日は小麦の収穫の初穂を神に捧げる日でありました。これが後期ユダヤ教の時代になって過越祭に付随する収穫祭的性格を帯び、その後に神がシナイ山でモーセを通じて律法を与えてくださったことを記念する重要な祝祭日となりました。エジプトを脱出したイスラエル民族が「神の民」として召され、礼拝と生活の規範としての律法が与えられたことを感謝し、記念する日となったのです。
 過越祭がイスラエルの民族の誕生であったとするなら、刈入れの祭りである七週祭はイスラエルの精神(宗教)の誕生であったとも言えます。
 この五旬祭の日は、イエス様が復活されて50日目でありました。それゆえ教会は、聖霊が降った事件をペンテコステ(聖霊降臨祭)という名を用いて教会の創立記念日として祝祭にしたのです。
 教会の歴史の初期には、ペンテコステという語句は復活祭と聖霊降臨祭の間の全時期のために用いられていたそうですが、この期間は過ぎ越しの祝いの時期であって、断食はゆるされず、祈りが中心でありました。そしてハレルヤがしばしば歌われたそうであります。

聖霊が降った時のことを使徒言行録はこのように記しています。
 イエス様の弟子たちは、イエス様が天に昇られてからずっと一つになって集まって祈りをささげていたのでしょう。五旬祭の日にも同じようにみんなが一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼等が座っていた家中に響きました。聖霊は彼らが座っていた家全体を満たしました。そして、炎のような舌が分かれ分かれに顕れ、一人一人の上にとどまりました。約束の聖霊が弟子たちに降ったのです。これは聖霊によるバプテスマを彼等が受けたことを現わしています。
 炎のような聖霊を受けた弟子たちは、みな聖霊に満たされました。「風」「炎」「現れ」は旧約では具体的な神顕現の意味として使われています。「風」は「霊」を「舌」は「言葉」を予期させます。
 この時、エルサレムには天下のあらゆる国から来た敬虔なユダヤ人が住んでいましたが、この大きな物音で何事が起こったのかと大勢の人が集まってきました。そして集って来た人々は家にいた人々がそれぞれの国の言葉で話しているのを聞いて非常に驚きました。ガリラヤ人がなぜ自分たちの生まれた国の言葉を知っているのか不思議だったからです。
 5節の「信仰深い」ユダヤ人は、除酵祭から七週祭の期間まで、祝うために集って来た数十万の巡礼者ではなく、元ディアスポラのユダヤ人で戻って来てエルサレムに住んでいた信仰深いユダヤ人とユダヤ教へ改宗した改宗者と推測されます。
 弟子たち一同は聖霊に満たされ、かつてはディアスポラ出身、当時はエルサレム在住のユダヤ人やユダヤ教への改宗者たちに、神の偉大な業を語ったのであります。「異なる言葉で」は他国の言葉という意味です。
 9節以下にはたくさんの地名が書かれていますが、当時の世界全体を示していると思われる地名です。当時の世界中から集った人たちが自分の言葉で理解できる話が語られたということになります。
 イエス様は弟子たちに「地の果てまでもわたしの証人になるであろう」と言われました。ペンテコステの日、聖霊に満たされた使徒たちは、それぞれ外国の言葉で神の力ある業について語り出し、主の復活、主の昇天、そして聖霊降臨を通して、主の証し人として新たな歩みを始め、聖霊の働きによって教会が建て上げられていくことになります。

聖霊についてイエス様が教えてくださったことを思い起こしてみましょう。
 イエス様は、弟子たちに父なる神がパラクレートスを遣わして永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださると言われました。このギリシア語パラクレートスは聖霊を指しており、「助け主」、「慰め主」、「弁護者」と訳されています。
 聖霊が「助け主」と呼ばれるのは、日々の生活すべてにおいて主が共にいてくださり、導いてくださり、必要な力を与えてくださっているからです。
 聖霊が「慰め主」と呼ばれるのは、私たちが様々な苦難、悲しみ、孤独の中にいる時に私たちを守り、慰め、癒し、「御言葉」によって励ましてくださるからです。でも、悲しみ、苦しみの中にいるときは、主が共にいてくださることはわかっていても、悲しみはなかなか消えず、苦しみもあります。しかし、主が支えていてくださるのでそれに耐える力を与えてくださっていることを覚えておきたいと思います。
 聖霊が「弁護者」と呼ばれるのは、私たちが罪を犯した時に、主が執りなしてくださるからです。それらは祈りによってなされていきます。
 そして聖霊は、イエス様を信じることができるように私たちを導き、主に在って私たちを一つにしてくれます。
 ヨハネによる福音書では聖霊は父なる神と共におられるキリストご自身のお働きであると記しています。それはイエス様が、ご自分を信じる者の内に内在していてくださるということであり、イエス様が共にいてくださるということです。
 約束の聖霊は、わたしたちと共におり、わたしたちの内におられます。そして生においても死においても死を越えた生においても神がわたしたちと共におられることを悟らせてくださるのです。
 イエス様は私たちと共にいて今なお聖霊を注ぎ続けてくださり、教会の働きを推し進めておられます。聖霊の働きによって、教会はキリストを頭とする一つの体としてお互いに調和するように整えられ、イエス様から託された使命を果たす力を与えていただくのです。

 

【2026/5/10】真理の霊 ヨハネ161214、ロマ82227
                         小河由美子  

本日は、「母の日」です。皆さま、お一人お一人にお母さんとの思い出がおありかと思います。今、自分がここにいるのは、お父さんとお母さんがいたからであり、お母さんのお腹の中から生まれて保護者や養育者によって育てていただいたからであります。今日は各人のお母さんに感謝するとともに、お母さんを与えてくださった神さまに感謝したいと思います。
 私の先輩牧師で、もう既に召されておられる先生ですが、その方は赤ちゃんの頃にお母さんがご病気で亡くなられ、また写真も残っていなかったので、お母さんの顔を知らないのだと「母の日」がくるとおっしゃっていました。せめて写真でも残っていたらどんなにか慰められたかと思うのですが、幼い頃からずっとさみしい思いをされて来られたのだと思います。その先生は中学生の時に教会に導かれイエス様を信じ、洗礼を受けたいとお父さん代わりの長男に言ったらキリスト者になったら勘当すると言われたそうです。でも自分はイエス様を信じて生きていきたいからと家を出て、教会の牧師家庭で牧師の子どもたち共に育てられたそうです。中学を卒業し夜学の高校を出て東京に来て働き、献身へと導かれ牧師になられたそうです。ですからその方にとっては牧師夫人がお母さん代わりになってくださったのでとても牧師夫人には感謝しておられました。
 宗教改革者カルヴァンは、教会を「母なる教会」と呼びました。父なる神と母なる教会の関係です。教会は主イエス・キリストを信じる人々の集まりですが、その教会が母としての役目を担っているのです。教会に集う人々を主の愛で優しく包み込む、そのような大塚平安教会でありたいと願います。そこで私たちの教会を母たらしめるのが聖霊のお働きです。
 ヨハネによる福音書にはイエス様が聖霊を送ってくださること、そして聖霊の働きについて記されています。本日の聖書箇所はイエス様の弟子たちへの告別説教の一部なのですが、イエス様の告別説教は長く、ヨハネ福音書1331節から17章までが告別説教となっております。その内容を簡単にひろっていきますと、最後の晩餐のあとユダが出ていった後、イエス様は弟子たちにもう少しすると、ご自分が弟子たちの前からいなくなることを告げられ、「互いに愛し合いなさい」という兄弟愛を新しい戒めとして与えられました。
 14章はご自分が父のもとへ去ってゆこうとしていること、またそこには弟子たちのための住むところ、場所を備えていること、イエス様が父に至る道であることを教えられ、イエス様が去った後に、父は「弁護者」として「真理の霊」を遣わされること、そしてイエス様が世が与えることのできない平安を与えてくださることを告げられました。弟子たちにまだ理解できない多くのことがありますが、後から父から送られる「真理の霊」が弟子たちを真理に導き、イエス様が語ったことを思い起こさせると話されました。
 そして15章では、イエス様はご自分を「まことのぶどうの木」にたとえ、再び、弟子たちが「互いに愛し合う」ことを新しい戒めとして語っておられます。その後で、弟子たちがこの世から受けている憎悪と迫害について語り、苦難はあるけれども「弁護者」(聖霊)が弟子たちを導き、イエス様の言葉を深く理解させる役割を果たすと約束されました。
 そして161214では、「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。」とあります。
 このように「真理の霊」(聖霊/弁護者)が、イエス様の教えを人々の心に、解き明かし、真理へと導く働きをするのです。ヨハネ福音書における真理とはイエスご自身のことです。真理の霊と言われる聖霊は、イエス様の言葉や働きを明らかにしてくださり、真理であるイエス様に私たちを結びつけてくださる働きをしてくださるのです。
 このようにしてイエス様との目に見える別れの後も、聖霊を通して真理がキリスト者の中に引き継がれ、信仰が深められていくことになります。
 聖霊の主な働きについては168節〜11節に記されています。
 8節「その方が来れば、罪について、義について、また裁きについて、世の誤りを明らかにする」とありますように「罪とは、彼らがわたしを信じないこと」と述べておられます。わたしたち人間の最も大きな罪は、真の神を神として信じないことにあります。
 10節「義についてとは、わたしが父のもとへ行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること」と記されています。これは、これから後、弟子たちにはイエス様のお姿が見えなくなりますが、このような出来事のうちに神の正しさが示されると述べているのです。自分が正義と思い込んでいることを、神の義を視点として見直すときに、私たちの言動の多くは正義ではない事実に気づかされるということです。
 11節「また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである」と記されています。神でない人間が自らを神とし、そのような存在に自らの忠誠心を捧げること、これが既に裁かれているのだということです。 

「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
 イエス様は、悲しみは喜びに変わるとおっしゃいました。
 弟子たちは世の迫害に直面し悲しむが、その悲しみは、出産の痛みが喜びに変わるように、イエス・キリストとの再会(復活・聖霊による共在)によって大きな喜びに変わることを告げておられます。そして祈りの力について言及し、イエス様の名によって父に求めるならば、願うものを受けることができるようになり、喜びが満ちたものとなると約束されています。
 そして弟子たちがイエス様を愛し、イエス様が神から来たことを信じているため、父自身が弟子たちを愛していると保証されています。
 この告別説教は、イエス様との目に見える別れに直面して不安になる弟子たちに対し、聖霊という新しい助け主が来て、神との直接的な関係(祈り)と永続的な喜びをもたらすことを伝えています。聖霊(弁護者)の到来は、そのまま復活の主イエスが天から再臨する出来事であると言えます。
 主イエス・キリストの十字架の出来事の後、神さまはご自身の御心を理解できるようにわたしたちに働きかけてくださっています。
 信仰者の生涯は、父なる神のみもとに帰る途上にあります。その旅路を導いてくださるのはイエス様ですが、聖霊は、わたしたちの心の内側に働かれる神さま(イエス様)のお働きです。父と子と聖霊なる神は一つなる神なのです。

 

【2026/4/5】「キリストの復活」 ヨハネ20:1−18
                         小河由美子  

イースターおめでとうございます。昨日は雨がたくさん降りましたが、今日はイエス様の復活をみんなでお祝いするのにふさわしい良いお天気ですね。
 先週の金曜日は受難日でイエス様が十字架に架けられて死なれた日を覚える日でした。先週の礼拝でイエス様が十字架の上で死なれたときのお話をしましたが、イエス様が死なれたことによって、大きな変化が起きました。神殿の垂れ幕が裂け、神さまと私たちの隔ての壁が取り去られました。異邦人であるローマの百人隊長が、イエス様のことを「本当にこの人は神の子であった」と信仰を告白しました。その信仰告白は、イエス様の救いはすべての人になされたことの証です。そして神の国を待ち望んでいたアリマタヤの出身で身分の高い議員のヨセフが勇気を出してイエス様のご遺体を引き取りたいとピラトに申し出ました。マタイ福音書には、この人は金持ちであったと記されています。アリマタヤのヨセフはイエス様のご遺体を受け取ると、きれいな亜麻布に包み、岩に掘った自分の新しいお墓に納め、墓の入り口には大きな石を転がしておいて立ち去ったとマルコ福音書は記しています。ヨハネ福音書には、彼はイエス様の弟子でしたが、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していたと記されています。イエス様が生きておられる間は、イエス様の弟子であることを隠していたのに、イエス様が死なれたことにより、そのことを公にしたのです。何もしなければユダヤ人たちに知られることはなく、これまでと同様に過ごすことができたはずです。にもかかわらず、彼はイエス様の弟子であることを自らの行為によって公に明らかにしたのです。そしてもう一人、人目のつかない夜に密かに、イエス様のもとを訪ねたニコデモも、没薬と沈香を混ぜたものを百リトラばかり持ってきました。1リトラの単位は326グラムですので100リトラというのは32.6キログラムになり、大変な分量です。沈香というのはアラビアのミラル樹脂から分泌する芳香性の樹脂で、薬用に用いられました。他にもユダヤ人の議員の中にはイエス様を信じる人は多かったようですが、ただ、彼らは会堂から追放されるのを恐れ、ファリサイ派の人々をはばかって公に言い表さなかったこと、彼らは神からの誉れよりも人間からの誉れを好んだことがヨハネ福音書1243節以下に記されています。しかし、ニコデモはイエス様が死なれたことにより、自分がイエス様を信じていたことを行為によって公に明らかにしました。アリマタヤのヨセフとニコデモは、ユダヤ人の埋葬の習慣に従い、香料を添えてイエス様のご遺体を亜麻布で包みました。人となられた神は、このようにして地上の生を終えられました。大量の香料と新しい墓という、この葬り方は新しい共同体の主イエス・キリストの王としての葬り方としてヨハネ福音書記者はイエス様がユダヤ人の王に相応しい葬り方をされたことを伝えています。それを伝えることによって、イエス・キリストの十字架による贖いの死は、新しい民族、新しいイスラエルの開始、すなわちイエス・キリストにおいて示され、顕された神以外を、まことの王、救い主としない新しい信仰共同体の始まりであることを告げています。
 そして、聖書はこれからイエス様が生前に予告されていた復活された後のことを語ります。 

いてもたってもいられないとき、なかなか眠れなかったり、眠れたとしても、いつもより早く目が覚めてしまうものです。マグダラのマリアもそうでした。十字架にかけられて死なれたイエス様のお墓に行きたくてまだ暗いうちに家を出たのです。マタイ、マルコ、ルカでは、マグダラのマリアと婦人たちがイエス様のご遺体に防腐処置をするために墓に行ったと書かれていますが、ヨハネ福音書にはマグダラのマリアの名前だけが記され、なぜ彼女がお墓に行ったのかは書かれていません。
 マリアは墓から石が取りのけられてあるのを見て、驚き、すぐにシモン・ペトロとヨハネのところへ走って行き、彼らに「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、私たちにはわかりません」と伝えました。マリアは誰かが死体を運び去ったのだと思ったのです。
 マリアたちの知らせを聞いて、ペトロとヨハネは走って墓に向かいました。先に着いたヨハネが墓をのぞき込むと亜麻布が置いてあるのが見えました。後から来たペトロが墓に入ると、亜麻布がきちんと置いてあるのを見ました。イエス様の頭を包んでいた覆い、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてありました。それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じたのです。しかし、この時はまだ「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を理解していなかったのである」と記されています。それから二人は家に帰って行きました。
 二人の弟子が帰った後、マリアは墓の外に立って泣いていました。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエス様の遺体が置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えました。先ほど、ペトロたちがいた時には天使たちはいませんでした。
 泣いているマリアに天使が「婦人よ、なぜ泣いているのか」と問いました。マリアは「私の主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません」と答えました。この天使の問いはイエス様の問いであります。
 マリアが後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えましたが、しかし、マリアにはそれがイエス様だとは分からなかったと書かれています。イエス様は言われました。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」
 マリアは、敬愛するイエス様の死に遭遇して涙の渇くことがなかったでしょう。イエス様のことが大好きだったから、イエス様のことを思えば思うほど、悲しくて涙が止まらないのです。
 このとき、マリアにはイエス様が見えなかったように、私たちもまた最愛の人を失った、信頼していた人を失った、心の拠り所であった人を失った、そのような辛いときに、いつも励まし見守っていてくださったイエス様のお姿に気づかないことがあります。

 マリアは、声をかけたイエス様を園丁だと思って「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります」と言いました。このマリアの言葉から、イエス・キリストが復活されたことを、ユダヤ教側は、初期の古文書、文献資料において、園丁か誰かがご遺体を隠したということを流布していたのかもしれないと思われます。当時のローマ側の伝承、歴史資料にも、イエスの弟子たちが盗んだ、隠したとい記録が残されているそうです。それに対してヨハネ福音書は、マリアの「どこに置かれているのか、わたしにはわかりませんと」という正直に答えを皆に伝えていることになります。
 そして、マリアが自分に声をかけてくれている人がイエス様だとわからなかったけれども、イエス様がマリアの名を呼び、彼女がイエス様の方に振り向いたとき、今自分の目の前にいるのがイエス様だとわかったと聖書は告げています。
 ヨハネ福音書に、羊は自分の羊飼いの声を知っている、と書かれています。マリアはイエス様に名前を呼ばれて、自分の名を呼んでくださったお方が誰であるかわかりました。

イエス様を葬ったニコデモが、かつて密かにイエス様のところにやってきて「神の国に入るのにはどうしたらいいか」と尋ねたとき、イエス様は「はっきり言っておく。人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」と答えられました。それは、人は、新たに生まれなければ、信仰の領域のことはわからないということです。
 イエス様はご自身の十字架の死と復活によって、私たちを新たに生まれさせてくださる私たちの救い主であられます。イエス様はご自分を信じる者に新しい命を与え、神と共に生きる神の子へと新しく生まれ変わらせてくださるお方なのです。イースターの恵みを感謝いたします。

 

【2026/3/22】「人に仕えるために」 マルコ10:32-45
                         小河由美子  

聖書を読んでいて、親しみを感じるのは、福音書に登場するイエス様に特別に選ばれた12人の弟子たちがごく普通の人間であるということではないでしょうか。イエス様といつも一緒にいた12弟子みんなが人格者で、どのようなことにもイエス様の弟子として神の御心にそって対処していく優等生ではないということです。聖書は弟子たちのありのままの姿を描き、そんな弟子たち一人ひとりの個性をイエス様が愛され、尊重し、その人を豊かに用いられているところに私たちは自分自身を重ね、イエス様に従って生きて行きたいと願う力が与えられるのではないかと思います。
 さて、本日の聖書箇所は、イエス様がご自分の死と復活の予告を弟子たちに三度目にされたところから始まります。この時、イエス様一行はエルサレムで毎年祝われる過越祭に向かっていました。そしてその時がイエス様の最後のエルサレムへの旅となります。
 32節にイエス様はご自分から先頭に立って進んで行かれたという描写には、受難のためにエルサレムに登る決然としたお姿が示されています。弟子たちはそんなイエス様に当惑しつつ後について行きました。
 それを見て、イエス様は12人を呼び寄せて、これからご自分の身におこることを話し始められました。それは「人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして、人の子は三日後に復活する。」という今までより詳しい受難予告でした。
 一度目にイエス様がこの予告をされた時には、ペトロがイエス様をわきにお連れしていさめ始めたことによって、その時、イエス様から「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」と叱責されています。
 二度目の受難予告は、イエス様が汚れた霊に取りつかれた子をいやされた後でしたが、その前に、イエス様がペトロとヤコブとヨハネだけを連れて山に上られ、彼らの目の前でイエス様の姿が変わられて、エリヤとモーセが共に現れて、三人で語り会っていたのを三人の弟子たちが目撃し、ペトロがあまりの素晴らしさにここに仮小屋を三つ建てましょうと言ったという出来事がありました。これは先週の聖書箇所ですが、そのイエス様の栄光のお姿を目撃した後でしたので二度目の予告を聞いた後に、弟子たちはカファルナウムに着くまでの途上で、だれがいちばん偉いかと議論し合っていました。その議論を聞かれたイエス様が教えられたのは、「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」ということでした。そして、一人の子どもの手を取って彼らの真ん中に立たせ、子どもを抱き上げて「わたしの名のためにこのような子どもの一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである」とおっしゃいました。
 この二度にわたって、弟子たちに受難と復活の予告をされましたが、これまでは、ご自分のことを人に気づかれるのを好まれなかったイエス様が、今や先頭に立って進んで行かれたために、弟子たちは驚き、十字架に向かって歩むそのお姿に、主に従いたいと願う弟子たちは恐れたのです。そして恐れる弟子たちに向かって、三度目の受難と復活の予告をされたのです。この三度目の受難予告では、これから自分の身に起ころうとしていることを詳しく話されています。
引き渡される、死刑を宣告される、異邦人に侮辱される、唾をかけられる、鞭打たれる、殺される、と。そして復活する、と。
これ以上ない侮辱を受けて死ぬこと、そして、三日目に復活することを告げられたのです。
 この3度目の受難と復活の予告の後、ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが」と申し出たのです。
二人は「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左にすわらせてください。」と願い出たのです。それは、イエス様が終末の時に「人の子」として再臨された時には自分たちがイエス様に次ぐ権力の座に座りたいと言ったということです。
 イエス様は二人に「わたしの飲む杯を飲むことができるか」と問われました。旧約聖書では、杯は喜びや救済を表すか、そうでなければ苦難と審きを象徴する語であります。ここでは杯も洗礼もイエス様の受難の比喩として用いられていて、「杯」は、受難、具体的には死の比喩的表現で、杯を飲むとはイエス様と同様の死を引き受けることです。それは、この世界で栄光を受けることではなく、人々のそしりや嘲りを受けることであり、時には暴力であることもあるのです。
 彼らは「できます」と答えましたが、彼らにはこの時、まったくわかっていなかったのです。ですからイエス様は、「あなたがたは、自分が何を願っているかわかっていない」と答えられました。マタイによる福音書ではヤコブとヨハネの願いを彼らの母親が言ったことにしていますが、それは弟子たちの信用が落ちることを避けるためであると考えられています。
 しかし、弟子たちは、これまでも自分たちの中で誰が一番偉いかと度々議論していました。今回は、ヤコブとヨハネがイエス様の次に偉い人にしてくださいと願ったことにたいして他の10人は腹をたてます。抜け駆けしたことを怒ったわけです。
 イエス様は、弟子たちの誤解のたびに真の弟子とはどういうものかについて、教えを説いておられます。わたしたちはイエス様の教えを誤解することがありますから、常に教え続けられなければならない弟子なのだと言えるでしょう。

 イエス様は、「あなた方の中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。」と教えておられます。
 神の国で、上の方にたつということは、わたしたちが考えるものとは正反対のものであるということです。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」(9:35)。とありますように、逆転の発想なのです。あるいは、偉くなりたい、上に立ちたいという思いは神の国とはかけ離れているということなのかもしれません。そういうこの世の人間的な思いを越えて、仕えるということが神の国の基本姿勢であることを教えているように思います。同時に、偉くなりたいために仕えるのではないということも覚えておく必要があります。
 「身代金」とは、本来、奴隷または戦争捕虜を身代金を払って買い戻すという意味です。ここでは、人間は、超越的で悪魔的な力によってとらえられているので、それに対して神が神の子の生命という身代金を支払って、その人間たちを買い戻してくれた、ということになります。
 イエス様は「多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」と言われました。多くの人の身代金としてイエス様がご自身の命を捧げることは、仕えるという行為であり、イエス様がすべての人の身代りとして命を捧げられたということは、すべての人に仕えられたということです。

 イエス様の十字架上での死は、それを見ていた人々には敗北、イエス様に希望の光を見、イエス様による救いを期待していた人々には絶望に映りました。しかし、全能の父なる神はイエス様を復活させられました。人の目には敗北、絶望と映る主の十字架を、神は栄光の十字架と変えられたのです。私たちはこの主の十字架の出来事を心に刻む必要があります。なぜならわたしたちは自分の目に見える事柄だけで判断してしまいがちだからです。神さまは敗北を勝利に、絶望を栄光に変えてくださるお方だからです。今、自分の置かれている状況が、どのように悲惨な状況であったとしても私たちは、その向こうにあるイエス様の光に目を向けて、新しい一歩を歩み出す勇気が必要です。私たちが心を開いて、主に信頼してその一歩を踏み出すならば、イエス様が御手をもってその一歩一歩を導いてくださると私は信じています。 

 「一番先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者となりなさい。」「偉くなりたい者は、皆に仕える者となり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕となりなさい。」
 このイエス様の御言葉をいつも思い出したいと願います。

 

【2026/2/15】「神を呼ぶ」 ヨナ書11節−21
                         小河由美子  

ヨナ書は、私が大好きな聖書の物語の一つです。なぜ大好きかというと、神さまの深くて広い愛が描かれているからです。預言者ヨナは歴史的人物で、アミタイの子で、列王記下14:25にイスラエルの王ヤロブアム2世の預言者で王の助言者であったことが記されていますが、この物語は歴史的な記述というよりは、たとえ話、教訓的な物語と考えられています。
 またヨナの名前は新約聖書にも出てきます。イエス様がメシアであることのしるしは、「ヨナのしるし」以外にないと、イエス様の十字架の死と三日後の復活の予兆として語られています。
 
 さて、1章1節に「主の言葉がヨナに臨んだ」とあります。これは預言者の召命記事で用いられる慣例的な表現です。主は、ヨナにアッシリアの首都ニネべに行って、神の言葉を伝えるようにと派遣を宣告されました。

 ニネベは ティグリス川東岸、現在のモスル近くにあった都市で、イスラエルを威圧し、イスラエルの民に最も恐れられた町でした。紀元前612年にメディア人よって破壊されてしまいますが、その評判は古代世界で伝説的に数世紀にわたって語り伝えられたそうで、そのニネベの住民が他のどんな都市の住民よりもイスラエル人に憎まれていたということです。アッシリア帝国は紀元前8〜7世紀にパレスティナを何度も侵略し、諸々の町を焼き、略奪し、地方を荒廃させて、住民を強制移住させました。そして前722-21年にはアッシリアによって北イスラエル王国は滅亡させられました。
 ヨナは残酷な民として恐れられていたアッシリア人の都ニネベに行って神の言葉を伝えるように命じられたのですが、彼はその命令に逆らってニネべとは別の所に船で逃げ出そうとしたのです。ヨナの大胆な行動に驚きます。すべてをご存じの神さまから逃げようと思うなんて、できるはずがないのにと思ってしまいます。案の定、ヨナが乗った船は海上で嵐に遭い、船が沈みそうになり、人々はせっかく積んだ荷物を海に投げ捨て、何とか命が助かるようにとそれぞれの神に懸命に祈りました。しかし、ヨナはといえば、船底でぐっすりと寝込んでいました。船長がヨナのところに来て、「寝ているとは何事か。さあ、起きてあなたの神を呼べ、神が気づいて助けてくれるかもしれない」と諭しています。
 皆は、いっこうに嵐がやまないので、この原因を突き詰めようとくじを引きました。そしてその嵐の原因がヨナにあったことを知った乗組員達は何があったのか話すようにヨナに詰め寄り、あなたは何者なのか問いました。ヨナは「わたしはヘブライ人だ。海と陸とを創造された天の神、主を畏れる者だ。」と自己紹介をし、事の次第を皆に話し、自分を荒れ狂う海に投込めば皆の命が救われると告げ、海に投げ込まれてしまいます。しかし、ヨナは神さまが備えていた大魚に飲込まれて、その腹の中で三日三晩過ごしました。助けを求めるヨナの祈り、「救いは主にこそある」との悔い改めの祈りが神さまに聞き届けられて、大魚がヨナを陸地に吐き出すことで救助されました。ヨナは、そこで神さまから改めてニネベへの災いの預言の任務が命じられます。彼は、今度は命じられた使命を遂行してニネベの滅亡を預言しました。
 ニネべの人たちを憎んでいたヨナが、なぜニネべの滅亡を告げたくなかったのでしょうか。それは、ヨナは自分が語った預言を聞いたニネベの人達が悔い改め、彼らが悪の道を離れたことを神さまがご覧になったら、神さまは思い直されて、災いを下すのを止めてしまわれるのを知っていたからです。
 ヨナが懸念したとおり、ニネベの人たちが悔い改めたので神さまはその決定を翻して、ニネベを赦すことにされました。そのことに対して、ヨナは不満を持ち、怒りを神さまにぶつけました。異邦人であるだけでなく、イスラエルの恐ろしい敵として恐怖と嫌悪を抱いていたニネベの住民に神さまが憐れみを示して災いを下すことを取りやめたことに激しい怒りを覚えたのです。
 ヨナは「主よ、私がまだ国にいましたとき、言った通りではありませんか。私にはこうなることが分かっていました」と訴えています。彼は、神さまが恵みと憐れみの神であることを良く知っていたのです。神さまは忍耐強く、慈しみに富んでおられるから、災いを下そうと思っても、考え直される、そう知っていたのです。ヨナは、彼の言葉によって大勢が悔い改めたからという理由で死にたいと思う、そう白状しています。
 神さまはヨナの非難に直ちに答える代わりに、まずヨナの怒りが正しいかどうかを問われました。ヨナは都を出て、町の東側に行きます(5節)。3:3-4によれば、町の幅は3日の行程で、そして預言して一日をすでに歩いていますから、さらに2日進んで町を出たことになります。そしてひとつの小屋を作ってその中に留まります。「都に何が起こるかを見届けようとした」のです。
 すると、神さまはヨナを灼熱の太陽の暑さに晒しました。ヨナが暑さを耐えてまで都の運命を見届けようとしたというのは、神さまが心変わりして、ニネベを滅ぼすかもしれないと期待したからです。でも神さまは心変わりせず、ニネベを滅ぼされませんでした。
 神さまはイスラエル人と同じく、御自身の被造物であるニネベの民に対しても憐れみを抱く方なのです。このニネベの人々のもとに神さまがヨナを派遣したことは、彼らに対する神さまの配慮の証拠です。神さまは全地の主であり、その憐れみはすべての民に届くのだということの証です。
 神さまの言葉は、初めは裁きであっても、御自身に立ち返る者には赦しの言葉を与えられるということです。私たちは苦難のとき、この憐れみ深く、慈しみに富みたもう神を呼び、助けを求めるのです。

 

【2026/2/1】「神秘としての知恵」 マルコ41-9、箴言2:1-9
                         小河由美子  

「種蒔き」は、農業生活における重要な行事です。これによって私たちは生きるための糧をいただきます。そして何事も種蒔きをしなければ始まりません。いくら良い土地があっても、種を蒔かないでは芽が出てきません。種を蒔いて初めて芽が出て、成長するものだからです。パレスチナでは、秋の雨が降ってから後、11月中旬から1月初めにかけて種蒔きを行うようです。まず大麦の種が蒔かれ、それから小麦の種が蒔かれると聞いています。聖書の時代には農耕技術が発達しておらず、手で畑一面に蒔き散らし、そのあとで耕して種に土をかぶせたようです。ミレーの種蒔く人の絵は有名ですが、手を横に振り広げるようにして種を蒔いている様子が描かれていますように、あのような仕方で蒔かれたのでしょう。バークレーによりますと、手で蒔く以外にもロバの後ろに穴のあいた袋をつないで種を蒔いたりもしたようであります。

イエス様は、譬えを用いて人々に神の国の福音を語られましたが、今回は、皆がよく知っている「種を蒔く人」の譬えを語られました。

「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。」

 種蒔きは豊かな実りを期待して良い実がなりますようにと祈りを込めてなされるものでありますが、しかし蒔いた種が必ずしも良い土地にだけ落ちるとは限りません。蒔いている間に、ある種は道端に落ちることもあります。当時は細長い畑で、境には人が通る道ができていましたので「道端」とはそのことであろうと思われます。道端は人が通るところですから当然人にふみつけられる可能性があります。イエス様はその踏みつけられた種を鳥が食べてしまったと言われました。「食べてしまった」とは食べ尽くす、という言語が用いられて、一粒も残されていないことを表しています。

 「ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。」

石だらけで土の少ないところに落ちた種はすぐに芽を出しますが、日が照るとすぐ温度があがり、芽を出すが水分や養分を得られないので枯れてしまったといのです。

「ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。」

「茨の間」とは、茨はまだ生えていないけれども、その土の中に茨の種が混じっていたり、根がある状態のことを指しています。これは一見良い土地に見えるけれど、茨の成長は農作物種よりも早いので、茨が押しかぶってしまったというのです。

「また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」

私たちはここで、わかりにくくなってしまいます。これまでの内容は理解できます。良い土地に落ちた種が豊かに実を結ぶことも理解できます。しかし良い土地に落ちた種が、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍もの実を結ぶとなると私たちの理解を超えてしまうからです。そうなのです。神様の国における出来事は私たちの予想をはるかに超えるものなのです。

種を蒔く人が蒔いた種の成り行きは理解できるけれども、イエス様がこの譬えから何を私たちに伝えておられるのかがわからないのです。弟子たちにもわからなかった。ですから彼らはイエス様にたとえについて尋ねています。それでイエス様は、弟子たちに譬えの意味を教え、「あなたがたには神の国の秘密を悟ることが許されているが、他の人々にはたとえを用いて話すのだ」と言われました。弟子たちでさえわからなかったのですから群衆にわかるはずはなかったでしょう。

イエス様は「たとえ」を用いて天の国について語られるのですが、説明してもらわないと理解できないのです。他の人々には隠されているからです。

「たとえ」に当たるヘブライ語「マーシャール」には「謎」という意味もあるので「すべてがたとえで語られる」は、アラム語伝承の段階においては、「すべてが謎である」という意味であったかもしれない、と言われています。

しかし弟子たちには悟ることが許されているのだとイエス様は言われます。イエス様が説き明かしてくださるからです。このことを今日にあてはめて言えば、イエス様は聖霊の働きによって聖書の御言葉を説き明かしてくださっているということになります。11節からイエス様によるたとえの説明がなされるのですが、ここから種を蒔く人から土地によって種の育ち方に大きな差があることを中心に語られています。また世俗的な誘惑や迫害と戦って信仰を正しく育てるべきことが主張され、倫理的な理解が強くなっています。

 種は御言葉であり、道端のものとは、御言葉を聞くが、信じて救われることのないように、後から悪魔が来て、その心から御言葉を奪い去る人たちである。

石地のものとは御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと身を引いてしまう人たちのことである。そして茨の中に落ちたのは御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟するまでに至らない人たちである。良い土地に落ちたのは、立派な善い心で御言葉を聞き、よく守り、忍耐して実を結ぶ人たちである、とこのように説明されています。天の国とはそのようなイエス様を通して働かれる神様の力であることを私たちはここから知ることができます。そして「種を蒔く人」とはイエスご自身と重なってくるのです。

譬えの説明を聞いていると、自分のことを言われているような気がする方もおられるのではないかと思いますが、誰にでもその時々によってあてはまる心の状況ではないかと思います。13節の「御言葉を喜んで受け入れる」や、「試練に遭うと身を引いてしまう」などの表現は、初代教会の経験や言葉を表していて、御言葉のために艱難や迫害が起こると離れていってしまった人たちがいたことを示しています。イエス様がこの譬えを語られた時にはキリスト教徒への迫害はまだ起こっていませんし、状況も違いますので、教会はそれをこのように独自の経験から寓喩的に解釈し始めたと考えられています。

 マタイでは、これは本来「種を蒔く人」のたとえであって、それぞれの種の運命や種を受け入れた土地を問題にしているのではない。たとえのもとの意味は、農夫の蒔く種のすべてが結実するのではないこと、それにもかかわらず最後には豊かな収穫が約束されていること、したがって農夫はあきらめず農作業に励むことを述べているのであり、種を蒔く農夫が途中で失望しないように、この譬えが語られたのだとマタイの教会では解釈したのだと考えられてもいます。

 マルコでは、この種を蒔く人の譬えの他に、426節以下に神の国のたとえとして成長する種のたとえが語られています。そこでは種自体に成長する力を持っていて、人が苦労して種を成長させるのではなく、知らぬ間に地が自ら実を結ばせる自然の成り行きを語っています。このことは、私たちのうちに働いて実を結ばせて下さるのは最初から最後まで神様のお働きであることを教えているのだと思います。そして、種を蒔く人がイエス様ご自身であられるなら、イエス様はどのような心の状態の者にも、等しく種を蒔き続けてくださっておられるということになります。

神様は、御言葉を通して私たちに知恵を与えてくださいます。それは私たちの思いを越えた神秘としての知恵であります。神秘としての知恵がわたしたちに働くように、わたしたち自身の心を良い土地になるよう耕されたいと願います。

神様はわたしたち人間が幸福になることができるよう、ご自身の知恵を与え続けてくださっています。教会を用いて人間を救いへと導く種を蒔き続けておられます。その種まきに召された私たちは、喜びをもって福音を宣べ伝えてまいりたいと願います。

 

【2026/1/4】「我らの神」   ルカ241-52、ゼカリヤ8:1-8
                         小河由美子  

主の2026

 新しく迎えたこの年も神さまの恵みの内を歩み行く祝された年でありますようお祈り申しあげます  

本日の聖書箇所ルカ福音書241節〜52節に記された物語は、少年イエスの「宮詣で」と呼ばれています。四福音書ではルカだけが少年時代のイエス様のことを記しています。

聖書にはイエス様がお生まれになられた時のことをマタイとルカが記し、その後は12歳の時のことがルカ福音書に短く記載されているだけです。イエス様が30歳になってからの公生涯のことが四福音書に記されていますが、イエス様がどのような幼少期を過ごされたのかは詳しくはわかりません。

さて、ルカ福音書にはイエス様の両親は過越祭には毎年エルサレムに巡礼にやって来たことが記されています。旧約律法では、過越、七週の祭り、仮庵の3回、成人男子が巡礼する定めでありました(申1616)が、このころには遠隔の地の人は過越に一度だけ巡礼する習慣に変わっていたそうです。

ユダヤ人男子の成人式は13歳で、この年から律法のあらゆる義務を果たすことが求められます。それは「バル・ミツバ」(戒律の息子)と呼ばれます。女児は12歳で「バット・ミツバ」という同様の成人式を迎えるそうです。

タルムードには「5歳で宗教の勉強を始めるべし。10歳で伝承の研究に専念すべし。13歳でヤハウェの全律法を知り、その戒めを実行に移すべし。15歳で知識の完成が始まる」と記されていて、成人するその一年前から父親は息子に必要な準備教育を施すことになっていますので、イエス様が12歳になられたときに、過越祭の巡礼に参加し、エルサレムの学者たちと問答されたのは、そのためであったのでしょう。

 イエス様の両親は、祭りの期間が終わって一緒に来た親戚や村の人々と共に帰路に着いたときに、イエス様が道連れの中にいるものと思い、1日分の道のりを行ってからイエス様の姿が見えないことに気づき、親類や知人の間を捜し回るのですが、そこにイエス様を見つけることができませんでした。それで捜しながらエルサレムに引き返すことになったのです。そして三日間一生懸命捜しましたが見つからず、最後に神殿に行ったら、やっと見つけることができました。その時、イエス様は学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられました。学者たちとイエス様の受け答えを聞いていた人は皆、イエス様の賢い受け答えに驚いていました。両親もそのイエス様を見て驚きました。しかしお母さんのマリアはたまりかねて「なぜこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」と叱りました。このマリアの言葉に、わたしたちはイエス様がヨセフとマリアの子どもとして普通に人間として生活されていたことを知るのです。

するとイエス様は両親に「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか存じなかったのですか」とお答えになったのです。

 「父の家」は、ここでは神殿ですが、父の家と訳されている言葉は、わたしの父に関わること、という字で、自分は、神に関係のあるところにいるのが、当然ではないか、と言われたことになります。

 エルサレムの学者たちはイエス様の賢さに驚きましたが、ルカはここで、少年イエスの驚くべき「知恵」とは、神との関係についての認識のことだ(箴言17)と私たちに告げているのです。イエス様がおられたのは、律法学者が律法を教える「ソロモンの回廊」であったのではないかと推測されていますが、イエス様の知恵は、母マリアが「父上も私も、心配」したと言ったのに対して、「私が必ず自分の父の家にいること」を主張したほどの明確な神の子の意識でした。これまで人間として神の恵みに包まれてたくましく育ってきましたが、イエス様は、神の子としての自覚をお持ちだったということになります。

過越祭直前に、父親は家族に過越物語を教えることになっています。だとすると、イエス様は、将来、自分が過越の子羊として罪人の贖いのために犠牲になるのだということを自覚し、神殿において礼拝し、学ばれ、父なる神と親しく交わっておられたのだと考えられます。

 イエス様は少年の頃から、罪人と共に生きられ、その罪を贖う道を神の言葉に生きる人としての歩みをすでに始めておられたのです。そして両親と共にナザレの家に戻り、両親に仕えて過ごされました。イエス様が30歳頃に神の子としての活動を始められると、もう父ヨセフの名は聖書に出てこないこと、ナザレの村人にはイエス様ご自身が大工として知られていることから、イエス様は父亡きあとの家計を支え、弟が肩代わりできるようになるまで待ち続けられたことになります。

「主はすべての点で、兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです」(ヘブル217

 イエス様は、神の子でありつつ私たちと同じ人間となられましたので、私たちの悩みや苦しみを実際によくご存じです。私たち人間の弱さ、悩み、苦しみを同じ人間として理解し、私たちと同じ弱い人間になられ、私たちと同じような試練にあわれたので、イエス様は私たちの弱さを思いやることがおできになるのです。神の子イエス様が私たちと同じ人間になられた、このことこそが、イエス様が私たちの救い主であられることを証ししています。

 イエス様は、神さまの御言葉を通して私たちと共に語り合ってくださり、私たちを父なる神のみもとに導いてくださるお方です。我らの神、主イエスはそのようなお方なのです。

私たちは神様によって生かされていますが、その生きる力は時に弱くなることがあります。そのような時、イエス様が共におられ、神さまから与えられているたくさんの御恵みを数えることによって、感謝の心が呼び覚まされ、力づけられます。マイナス面ばかりに目を注ぐのではなく、希望の光に照らされて、恵みを数えて生きる生き方へと変えられるのです。その時、我らの神のすばらしさに、賛美が自然にこみ上げてくるでしょう。

 イエス様は、私たちが神さまと共に生きる、本来の人間として生きることができるために、ご自身を「命のパン」「命の水」として与え続けてくださっています。新しく迎えたこの年も、イエス様の糧に養われ、神さまの豊かな祝福とその御愛に包まれて光の中を歩みたいと願います。


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      (幼稚園と兼用)